最も早く現れた王子の一つで、鎌倉末期の熊野縁起では准五体王子にあがっている。参詣者は古くから川でみそぎをするのが習いであった。後鳥羽上皇はここでも和歌会を催している。境内に杉の巨木があったが、明治末期の神社合祀で廃社になり、いまは近露王子之跡と刻んだ自然石の碑が見られる。。院政期の御所は川を隔てた対岸の方にあった。